
世界中で大人気のレイバンは、普段メガネをかけていなくて、メガネ屋さんに行く機会がない人でも名前くらいは知っているほど有名です。
メガネ・サングラスの中で断トツの人気を誇るブランドです。わざわざ歴史の解説など必要ないかもしれませんが、ブランドの歴史を知れば、レイバンのことをもっと好きになると思います。
そこで今回は、レイバンの歴史について詳しく解説します。
レイバンの歴史|レイバンの軌跡を辿る|

レイバンほど語るべき歴史が多いブランドは他にありません。

大統領やハリウッドスター、モデルやデザイナーまでたくさんの著名人がレイバンと共に記憶されています。
レイバンの年表を簡単にまとめました。
時期 | 出来事 |
1929 | ボシュロム社がパイロット用サングラスを製造 |
1930 | アメリカ空軍に正式に採用される |
1937 | 「レイバン」ブランドのアビエーター誕生 |
40年代 | 一般の人の間でも人気を獲得 |
1952 | ウェイファーラーモデル誕生 |
70年代 | 人気低迷期 |
80年代 | レイバンの人気復活 |
1986 | クラブマスター誕生 |
90年代 | ブランド力が低下 |
1999 | ルクソティカが買収 |
2003 | メガネフレームの販売開始 |
2004 | ニューウェイファーラー誕生 |
2007 | オリジナルウェイファーラー復活 |
浮き沈みはありましたが、レイバンはいつの時代もサングラスの王者として君臨していました。今では「サングラス=レイバン」というイメージすらあります。
レイバンブランドの設立年1937年~1950年
レイバンは1937年にボシュロム社(コンタクトでお馴染みの会社)が立ち上げたブランドです。ブランドのルーツは1929年にボシュロム社がアメリカ空軍に依頼されて製造したパイロット用サングラス。
アメリカ空軍は飛行中のパイロットの目を保護するだけでなく、地上で掛けていてもかっこいいデザインのサングラスを探していたようです。
1930年にボシュロム社のサングラスがに空軍に採用されました。

採用されたモデルは、可視光をほとんど遮断する機能性とデザイン性を兼ね備えた世界初の本格サングラスでした。
採用されたモデルのスペックは次のようになります。
- 細身のデザインで軽量
- ブリッジが2つあって、高耐久
- 枠が視界に入らないよう計算されたレンズシェイプ
- 金メッキが施されていて耐食性に優れる
- グリーンのレンズはコントラストがはっきりして見やすい
- 可視光をほとんどカットし、まぶしさを抑える
ブランドが創立する1年前の1936年から「アビエーター」は市販されていたようです。

1937年にボシュロム社が「レイバン」というブランド名で販売するようになりました。
この時期、ボシュロム社は空軍だけでなく警察にもアビエーターを提供していました。同時に、一般の人たちの間でも徐々にレイバンが浸透していったそうです。
レイバンの50年代、60年代
1950年代にレイバンに転機が訪れます。永世定番「ウェイファーラー」の誕生です。これをきっかけにレイバンはトップブランドへの階段を一気に駆け上がります。
50年代はレイバンの黄金時代と言われています。多くのミュージシャンが自由の象徴としてウェイファーラーをかけたことで、人気に火が付きました。
サングラスがファッションアイテムとして定着し、人気が広まっていきました。

1950年代~1960年代にかけての20年の間に、レイバンはアメリカ大統領が掛けるほどのブランドに成長しました。
レイバンの70年代
1970年代はレイバンにとって厳しい時代でした。ライバルの出現とファッショントレンドの逆風により苦戦していました。
「ディオール」「グッチ」「サンローラン」がメガネやサングラスの市場に参入してきました。相対的にレイバンの人気が低下したのです。
1970年代は個性的なデザインが人気だったようです。誰でも掛けやすい定番デザインよりも、派手で個性的なデザインや都会的なミニマルなデザイン、ラウンドタイプ、大ぶりなスクエアタイプなどがトレンドでした。
クラシカルなデザインが中心のレイバンには逆風の時代でした。
レイバンの80年代
1980年に公開された映画「ブルース・ブラザーズ」でウェイファーラーが使用されましたが、売上は振るいませんでした。ウェイファーラーは廃番の危機に瀕していました。
危機を脱するため、レイバンは1982年にテレビ局や映画会社と大型の契約を交わします。「プロダクトプレイスメント」という広告手法を使い、テレビや映画でスターにレイバンを着用してもらいました。

広告効果は抜群でした。レイバンは再び注目されるようになり、ウェイファーラーは廃番の危機から見事に復活しました。
1986年に不朽の名作「クラブマスター」が発売されました。
人気が回復
1983年に公開された映画「卒業白書」の公開をきっかけにレイバンの人気が回復しました。主演のトム・クルーズがウェイファーラーをかけたのです。
レイバンの売上は大幅にアップし、ウェイファーラーは品薄状態になるほどの人気ぶりだったようです。

1986年公開の「トップガン」の影響で、アビエーターが人気になります。これもまたトム・クリーズ主演の映画ですね。
そのほかにも、たくさんの映画でレイバンが登場しています。ハリウッドスター、ミュージシャン、デザイナーなどにレイバンを掛けてもらい露出を増やしていました。
レイバンの90年代【30年前のレイバン】
90年代はスポーツサングラスのオークリーが台頭してきた時代です。
他社との競争とは別に、レイバンは内部に問題を抱えていました。
品質が安定せず、製造キャパシティーが少ないという問題を80年代からずっと抱えていたのです。総合アイケア企業のボシュロム社にとって、レイバンブランドやサングラス事業はそれほど重要ではなかったのかもしれません。
もともと中価格帯ブランドのレイバンですが、1990年代後半には価格が崩れ始めていました。そこら中で20~30ドルの価格で販売されていたそうです。
知名度のある、どこでも安く買えるブランドになりつつあったのです。
レイバンの2000年代
苦境が続いていたレイバンに転機が訪れます。1999年にイタリアのルクソティカという会社が6,600億円での買収案を提案したのです。ボシュロム社はオファーを受けました。
ルクソティカは買収後にレイバンサングラスを市場から回収しました。1年後に新しいモデルを市場に一気に投入しました。
大規模な広告がハマり、以前より価格を高く設定したのにも関わらず、爆発的に売れました。激安店やブランドイメージに合わないショップには商品を納品しないようにし、ブランドイメージを再構築し始めます。

ボシュロム時代のレイバンとは比べ物にならないくらいの売上本数と知名度を獲得しました。
2003年には初めてメガネのラインナップが登場し、サングラスブランドからアイウェアブランドに変貌を遂げます。
2004年に「ニューウェイファーラー」が発売されたときに製造中止になったウェイファーラーが2007年に復活しました。お客さんから再販の要望が多かったそうです。
2000年以降もレイバンの快進撃は続いています。他のブランドを寄せ付けない圧倒的な人気を誇り、レイバンはサングラスの代名詞と言える存在です。サングラスの人気No.1の座に君臨しています。
【まとめ】レイバンブランドの歴史

レイバンは「ウェイファーラー」「アビエーター」「クラブマスター」など数多くの名作を輩出してきた名門ブランドです。

ブランドが歩んできた歴史や築き上げたブランドイメージに憧れを感じます。浮き沈みはありつつも廃れることなく支持され続けたのは、デザインと品質が良いからです。
少しの間流行っても10年持たずに終わるブランドはたくさんあります。
レイバンはセレブから一般の人まで幅広い層から長年支持されている最強のアイウェアブランドです。